昭和41年08月23日 朝の御理解



 ここには信心の稽古に来るところ。(ですから?)どういう信心の稽古をさせて頂くかと言うと、教祖の神様のみ教えを頂いて、そしてそのみ教えを家業の上に現して、心の状態の上にそれを頂て、まぁ行く事ですけれども、何というても私は、ここには信心の稽古に来るところというのは、やはり信心、いわゆるここで、まぁ私を皆さんが、皆さんの先達、先生として、皆さんがその言うて下さる、思うて下さっとるのですから。
 何と言うても、やはり私の信心の内容を分かって下さって、私の信心を皆さんがまず体得して下さるという。そしてもう先生から頂くものはないという時には、もっとそれから自分の段々信心の稽古が出来ましょうけれども、まず何というても、私の信心内容というもの皆さんのものにして頂くという事が一番手っ取り早く。一番、分かりやすく、目の前の事でございますから。
 分からなかったら私に聞きゃ直ぐ分かるのでございますから。ですから私の内容を皆さんの、信心して下さるという事が、私一番じゃなかろうかとこう思うですね。ですから私がおかげを受けておると。もう私はおかげを受けとるという事は、私の信心の内容から生まれて来る。私の信心の例えば教祖の神様のご信心がです、まぁそれ千も万ものものでありましょうけれど、それが一つなら一つでも私のものになっておると。そのたったその一つだけれども、そこからなら私が今日のようなおかげを受けておると。
 十もう六、七年もなりますかね。私と北野の中村さんとの一番の出会いの時に、中村さんもある難儀な問題を持っておられた。私の話を聞いて下さってからこの大坪さんどげな風にしたらおかげ頂けるじゃろうかち。さぁ私自身がおかげ頂いとらんけん、どうとは言われんち私が。まだ修行の真っ最中の時分でございますから、けれどもその私自身がどうにも出来ない問題でありながら、そのどうにも出来んちいう事は一つもない。何とはなしにその問題がこう押しやり蹴りやりではあるけれども道が開けておる。
 だからそういう程度の信心で、おかげで良かったら私が教えて上げましょうという風な、意味のことを言うた事があるですけれども。それがなら神様に、そのまぁその自分の出会いの時であったと思います。私の話を聞いて下さった始まりの頃だったと思います。それから段々おかげを頂いて、なら私が皆さんの目の前に見て頂く事の出来れる、ならおかげを、ここまぁだ15年の間に私は頂いてまいりましたという事。
 ですから、この程度のおかげなら、私が頂いておる、おかげの事であるならば、皆さんに私が教えてあげられるという事なんです。ですから、ここでは、私が日々おかげを受けておる事を、神様から、おかげを受けておる事を、皆さんに話にして、それを、皆さんに伝え、聞いてもらっておる訳で御座いましょうがね。そうじゃないですか、そんなら、例えば、んなら私が馬鹿な事しよんならいっちょ、馬鹿んごたる、皆さんも風になってみなきゃいけんです。
 私が利口もんのごとしとるなら、皆さんもやっぱり利口もんのような、そのようなあり方にならせて頂かにゃいかんです。ね、私のだから、形の事から、又は内容のことからです、ですから3年5年間椛目に、なら熱心にお参りして見えられる方ならばです、私が大体分かるはずなんです。椛目の先生ちゃこげな風な人。ん、ちょいとふうたらぬくか人じゃある。まぁ例えばそういう風に感じるならです、本気で皆さんもふうたらぬくいっちょなってみらなきゃいけんです。そうでしょうが。
 本当に親先生ばっかりはほんに人間おひとようしじゃある。ふうたらぬくかしなさる。おひとようしになってみなきゃ、んなら私の頂いておるようなおかげは受けられんのですよ。どうですかね皆さんそう思われませんか。とても先生の真似は出来ん真似の出来ん事はいっちょんしよらんです。どっちかちゅうなら今私が申しますように、私は自分でも思っとりますけれども、私ぐらいふうたらふくい男はおるまいと思います。
 だから、皆が気のきいておられてもです、その気のきいたっでは、おかげは受けられんとするならばです、ね、いっちょふうたらぬくう、あなた達、自身を引き下げて見ることですよ。今日は私は、そこんところを一つ皆さんに、もう一遍、なるほどと一つ合点して頂きたいと思うてから、話よるんです。私が頂いておるようなおかげ。ね、15年前の中村さんに私は申しましたように。中村さんもある意味合いで、難儀を持っておられ、行き詰まったおられた。
 大坪さんどげな信心すりゃ、おかげ頂くじゃろうか、というて、私の話を聞いて下さった。私自身が、おかげを受けてないけれども、なら私が、問題沢山持っておるけれども、問題がどうにも出来んという事は、一つもなかった。どうにかなって行った。それは押しやり蹴りやりであっても、なるほど神様のお働きだなぁ、おかげだなぁと、いうものを実感させて頂きながら、その問題を問題として、取り組んで行って、あのような、おかげを受けておった。
 だから、こんなおかがげ受けられるばの、というても(教えられない?)けれども、私がおかげを受けておるという程度で良いならば、私はあなたに教えてあげます。いわゆるその問題がどうにも出来んのじゃなくて、押しやり蹴りやりにでも、どうとかなって行くという道なら私が体験者ですから、教えて上げられると申しましたようにです。それから15年、私が今日までおかげを受けて来たことをです。私がおかげを受けておるという内容、私がおかげを受けておるという形。
 その程度で良いならばです、私が教えられるのですから、やはり私に求めて下さらなければならんのであり、又私がおかげを受けて来た事を皆さんに聞いてもらっておるのであるから、そのように皆さんも、内容の上にも一つ改まって行かなければいけないと。そして、椛目の先生ちゃふうたらぬくい人じゃあると、あてだん【私達はの意】あげなふうたらぬくはなられんと言わずにです、本気で一つふうたるぬくうなって見る、いわゆる馬鹿と阿呆になってみるという事。
 こげん所はなかなかしゃんとしちゃる、と言うなら、もしあるなら、そげな風に、いっちょしゃんとなってみるという事。なかなかあそこだけは、毅然としてある。いわば自分の息子に毅然とならせて頂く精進をして見るという事。ね、皆さんそこん所を一つ分かって頂かにゃいかんと、私は思うです。甘木で修行された先生方が、甘木の安武先生の、やはり信心を、まぁ頂かれるわけなんです。ですから、内容の事をなかなかその深いから、なかなか分からん。ね、
 もう何処まで深いか分からんというような内容をお持ちになっておられるから、なかなか触れられんのだけれども、せめて形からだけでも入りたいというような願いが、いわゆる一つの憧れというものが、師匠に対してあるわけなんですね。ですから、される事、言われる事がです。もう目どんつぶって聞きよると親先生が話しごたる、といったような先生方が多いかったと聞いております。ね、先生のくせまで、その何時の間にか自分のものにしてしもうておるという訳なんですね。
 もちろんその内容に触れるという事、なかなか難しいけれども、難しいけれども先生のご内容を、いわゆる求め求めして頂いて行くというのが、そこでその先生の信心を内容として頂いて行く、これはまぁ弟子のいうなら姿勢であり、態度ではなかろうかとこう思うのです。ですからここではどこどこ先生の真似じゃなくて、ここではやっぱり私の真似じゃなからにゃいかん。いわば私の内容でなかにゃいかんと思うのですよ。
 昨日高橋さんが見えて(何かとこう?)昨日は一日見えておられました。皆、委員長も来ておりました。古屋さん達も皆見えて、最後の色んな内部的な決定の、例えば壁の色とか、タイルの色とかといったような、あの一日がかりなさっておられましたが、どういう事からだったでしょうか、ありゃ何時やったかしら、で私はお茶頂きながら、久保山先生に私。なんか、あの、ミスのそうそう、ミスのあの、こうきれいだね、青いのもありゃ、赤いのもある、色んな模様の色々あるんですよ。
 それはニスの見本が、7、8とおりぐらい来てるんですね。それで私がこの中からね、この中から一つ、あんたならどれが良いかってこういう訳なんです。高橋さんはこれが良い。久保山先生はどれが良いか、これが良い。はーやっぱりあんた達は私につながっとるなぁと。それだけの、7枚か8枚かあるのに、私が良いと思うておるのを、取られるですね。もうそれ、もう何時も、あの何時もその、青やら色々ありますけれども、やっぱり赤に金の大きな八波の卸文しょうの入っておる。
 それで一番上等という訳ではないです、品物も質は。けれども柄は、柄がこれが一番良い。久保山先生も言われりゃ、高橋さんも言う。高橋さんなんかは、まぁ大体私の性格に良く似たところがありますよね。けども、久保山先生なんかはもう、私とは違ったものを持っておられる、全然反対のように感じられるけれどもです、その内容とされるものはやっぱし同じだなぁと、私が思いもすりゃ、又言うた事でございました。
 好みというものがですね。先生これが良いですよっち。(もう一遍言われる?)んな、私も実はそれがよかと思いよると。ね、そういうです、いうなら好みのようなものまでが同じになって行くという事。何時の間にか。というてですね、私はこげんじゃけん、こげな真似をしなさい、私を見習いなさい。と、なら一人ひとりに私がその言うて、んならその人がおかげ頂く訳じゃありません。こればっかりは銘々がですね、そういうような風、銘々が一つの(同盟?)の信者とでも申しましょうかね。
 先生が例えば高い所であるなら、その高い所に、一つ憧れを持ってですあぁいう風になりたい、あぁいうおかげを受けたいという願いと言うものがあればです、自ずとそれについて来なければ、似てこなければ形も内容もおられんのじゃなかろうか、そのおられんというものでなからなければ、おかげを受けられないと思うんですけれどね。ですから皆さん結局です、ね、私の信心をまず一つ分かって頂く事だと思うんです。
 先生っちゃこういうような人。いうなら、こういうような人にならせて頂く事に精進をなさらなければいけないという事。教祖の神様。ね、大先生の先輩の先生方。おかげを受けられた、お徳を受けられたという先生方。話は聞いておるけれども、あの人達が言う事は出来ないでしょうが、ここでは皆さんが、ならここには信心の稽古に来るところだ、と仰るのだから、まぁここでな何を目当てに稽古するか。
 教祖の神様のみ教えを少しでも頂いて、そしてそれを、おかげの上に現しておる人の姿を見習うて行く以外にはないでしょうもん。ね、ですから、なかなかほんなら、私そうしたなら、その内容にしろ、形にしろです、ね、先生はこげな風、こげな風な人だから、こげな風と思いよっても、実際にはもっと、接近してみれば違うとった。なら又、そん違うとったと思うところを、もう自分のものにして行こうとする、そういう精進がです、私は必要だとこう思う。
 昨日はある方が、見えてから話んです。〇〇さんから、椛目にお参りしたいと思うから、あんたが今日、椛目の方においでられるなら、私を自動車に乗せて行って下さい、とこういう。ね、ところがそこまではだいぶん道のりをやっぱ回らんならん。そしてその、もう当たり前んごと思うとるという気持ちがあったもんですから(私は何どかじゃけん?)出来んというて断ってる。
 (したら?)その方は、あのまた次の人に電話をかけた。あんた椛目にお参りいなさるんなら、私を乗せて行って下さいって。時にはもう、そのいわゆる一番初めにかけられた電話の人が、こんだそこの、いわばその方がAというなら、その次の方がBの人んところへ電話かけて来た。今誰々さんから、椛目につれて行ってくれっちいう電話がかかって来た。ほれけん、あんたげもちがわん電話がかかってくるかんしれんけんで断らんの、ちいうてから電話がかかって来た。
 それで僕も実は断りました、とこういう訳なのです。先生こんな場合どういうようなあり方にならせて頂いたら良いだろうかと。私はそれを聞きよってから、がっかりするんです。それがどういう人かは知りません。どういう性根の人かは知りません。ね、そして成程ほんなら、当たり前のようにしておる人かもしれません。態度の横着な人かもしれません。けどもこと椛目にお参りをしたいと言うて自分も行くならばじゃ。
 椛目においでになられば、今日お月次祭じゃから、椛目においでになられるならば、すんませんが、私も乗せて行って下さい、とこういう。それから断った。それけん、自分だけじゃない、人までも、違わんあんたげにも、電話かけてくるじゃろけん断らんのっち。それで自分も断ったっち。もちろん断られるような内容を、その人が持っておられるのじゃありません。
 ですから、何処何処に連れて行ってくれって言うのもなーらいざ知らずじゃけれどもです、椛目にお参りをしたいというのならばです、皆さんならどげな風に思うですか。もし皆さんに電話がかかって来たらどうですか。こういう時にです、一つ私は椛目の先生ならばこげな事の場合に、どげんさっしゃるじゃろうかという事を思うて頂きたい、と私は思うってに言ってこの方に申しました。それじゃあんたがたん信心には、もうその、それから先は伸びらない、大きくなれんじゃないかと。
 そういう感情とか、意地とかと。そういうものはおかげの受けられない、もうおかげが頂きよっても、そのおかげを散らしてしまうもんだと。しかもそれは事、椛目に連れて行ってくれであるから。ね、もうそういう時には、本当にどうだろうかね、本当、はい連れて行ってあげますよとどうぞお宅まで回ってあげますから、用意しとって下さいと。そういうようなことなら、もう心から嬉しゅう、有り難う言えんもんだろうか。もうせからしか、あん奴ばっかりは、もうそれじゃいかんですやはり。
 けども私ならば、例えばどげなそれが人であろうがです、もう本当に椛目に連れて行けれるという事はです、もう私は嬉しゅうしてこたえん事だとこう思うです。出来るならば自分の自動車に5人も乗られるならば、私は電話かけちからでも、今日はお宅どげんですかって言うて、電話をかけるだろうと私は思うですね。自動車に乗せてもらえばお参りが出来るという人が、もし自分の周囲におるならです、その一遍通り電話かけ私は思うだろうと、私は思うです。
 皆もどうですか、まず今日はそげな辺のところからでもです、私の内容を皆さんの内容に(うつして?)頂きたいなぁと私ゃ思うですね。そこで、なら今私が申しますようにです、ね、ここでは何(を?)どういう稽古をするかというと結局、私の信心の内容を皆さんのものにして頂くという事、為には私が分かって頂かなければならん。私がおかげを頂いておるようなおかげをです、皆さんも頂きたいと思うて椛目に見えるのならば、私はそういう精進はなさらなければ出来んと。
 しかも椛目では、そうとう立派な信心を頂いておる、といわれておる皆さんがです、ね、その二人の方。断ったと、それであんたも断らんの。あぁそげな事はもう問題じゃないじゃいなかと。あんたが断ったならそんなら、あんまりかわいそうながら、私が乗せて行ってやろうと。と口では言うても、心の中では、心から乗せて行ってやれれる、あんたにならにゃつまらん。
 もう、それを聞いただけで、あんた共信心のまぁたいてい分かった。私はがっかりするばいち、そげなこつ聞くならね。しかもそんなら私は今日、15年前に中村さんに申しました時のように、なら私じゃ、私自身がおかげを受けてない、形の上にはおかげを受けていないと、言うのじゃなくて、一切のおかげを受けておるのであるから、ね、私はこういうおかげを頂く為には、こういう状態にならなければいけないという事にです、皆さんが焦点に置いておかげを頂いてもらわなければならん。
 いうならばこういう場合先生ならどういかれるだろうか。こういう場合先生はどうこれを受けられるであろうか、という風にです一遍思うて頂いてね、おかげの頂けるところまで、そこのところを頂いて行かなければいけない。先生はこげな時こげん思いなさるじゃろうと思うたから、こうした。ところがおかげを受けられなかったならば、先生の頂き方というものが、まず把握というものが出来てないんだという事になったら。
 なら先生の信心の把握の為にまた椛目に、本気でそういう意味合いでの通いが出来なければならんという事になるのじゃないでしょうか。(どうでも椛目で?)私の通りになりなさいと。私の一つのかたん中にあんた方を入れてしまおうて、私は言うのじゃないですよ。けれどもです一つの憧念心といったようなものがです、そういう例えば真似でもしたくなるそういう真似でも、自分のものにして行きたいというようなです。
 願いを持たなければ、そういうおかげを心上に頂かなければね、おかげは私が頂いておるようなおかげには、段々近づいて行くことは出来ぬと。そりゃ今日一日の中に様々な事がございましょう。こげん時先生ならどげんするじゃろうか、という答えを出して、その事を皆さんが行じて下さるならです、必ず私はおかげが頂けると思うんです。ね、そして、何時の間にかです、私の言う(まぁよういや?)。
 もうこれは先生はもう愈々つまらんとこ、ここだけはどんこんいかんとこと言うような、まぁ私が先生がおかげ頂きなさらんとは、あげんとあるけん、先生がおかげ頂きなさらんとじゃろう、というものもやっぱ、んならあるんですから。そこを真似せろという訳じゃないですよ。おかげを、先生がおかげを受けられなさるのは、あれじゃろ先生はあれは素晴らしい、あれがおかげを受けて行きよんなさるとじゃろうという、そういうものだけでもです、一つ皆さんのものにして頂きたいと思うですね。
   どうぞ。